玉本英子さんの記事 大阪から見えるイラク/34 売春婦が抱える傷


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 ◇生きるすべはほかになく
 戦争の現場には売春が存在する。私はアフガニスタンで売春婦を取材したことがあった。夜明け前、仕事を終え、公衆浴場に現れた売春婦たちと一緒に体を洗いあった。ほとんどが夫を亡くしている。生きるすべはほかになかった。客の子を身ごもった14歳、爆弾で背中に傷を負った子もいた。ある日、ひとりがつぶやいた。「私はお金目的だけで男に抱かれるわけじゃない。愛は無理でも、情を感じたいの」

 イラクでも売春婦が急増しているという。北部アルビルで取材を始めた。酒の出る店などで濃い化粧をしてタバコをふかした女性たちを見つけては声をかけた。しかし、こわもての男がそばにいて、「話しかけるな」と止めに入る。うまく近づけても、彼女たちは私を相手にしなかった。

 売春の実情に詳しい内務省の男は、マフィアから女性をあてがってもらっていた。「客の多くは復興バブルのビジネスマンで、1回100〜200ドル。売春婦の取材なんて、金を払えばOKさ」。私は時間をかけて追っていこうと決めた。

 今年3月、町はずれにある女子刑務所を訪ねた。コンクリートの獄舎にいた女性たちは、みな笑顔で暗さは感じられなかった。39人のうち、12人が殺人、10人が売春、6人が不倫の罪で、残りは窃盗などで収監された。

 3人の売春婦と面会した。浅黒い顔をしたゼイネップ・セルマ(17)は、私の隣に座ると、自分の境遇を早口でまくしたてた。

 トルコに生まれたが両親が事故死、イラクへ売られた。2度の結婚の後、今の夫とバグダッドで暮らしていたが、友人に睡眠薬を飲まされ、気がつけばアルビルの売春宿にいた−−。だが、彼女の話は一貫性がなく、事実を語っているとは思えなかった。

 その時、彼女の袖口から手首の傷が見えた。セーターを脱ぐと、手首から上は無数のリストカット痕があった。腹部と腰には、えぐれた茶色い穴。触れると冷たかった。「父さんに撃たれたの」。彼女は顔をしわくちゃにして泣いた。

 そばにいた女性係官はあきれていた。「あんなのデタラメよ。あの子はナシリア出身のイラク人。いつもホテルで男を探していたんだから」

 それでも彼女の涙にうそはないと思った。イラクでは売春は1年以上の罪になる。私は彼女の出所の日を待っている。<写真・文、玉本英子>
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