毎日新聞・玉本英子記者の記事(2009年6月18日地方版より抜粋)

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◇子どもにも徐々に笑顔
 3月のバグダッドは初夏を感じさせる暑さだった。

 市内南西部のアメル地区。2年前まで、ここではイスラム教シーア、スンニ両派の武装組織が激しい抗争を繰り返していた。通りに人影はなく、地区全体が呼吸を止めているようだった。

 イラク軍が治安維持に投入され、戦闘は終息に向かった。当時ほとんど閉まっていた店のシャッターが、今、次々と開き始めている。

 スンニ派のハイダルさん(41)はパン屋を再開したばかりだった。3年前、親戚(しんせき)をシーア派民兵マハディ軍に殺された。

 「頭がふたつに割られた遺体を見た時、ここには戻れないと思った」。よその町に家を借り、家族とともに避難した。治安が回復したと聞き、今年になって戻ったが、かつての隣人たちは引っ越してバラバラになっていた。武装組織の焼き打ちに遭った家も少なくなかった。

 「昔は宗派なんて関係なく、互いに助け合っていた。一部の人間が始めた争いが、私たちに降りかかった。なぜこんなことに」と嘆く。自慢の焼きたてパンをみんなに食べてもらいたいが、シーア派住民が店に来ることはなくなってしまった。

 タクシー運転手のオマールさん(30)は、マハディ軍に拘束されたことがあった。スンニ派武装組織に対抗して、マハディ軍はあちこちで若者を捕まえては無差別に処刑していた。オマールさんが連れて行かれた建物には、自分と同じスンニ派の男性たちが監禁されていた。「もう終わりだ……」

 その時、民兵の一人が声をかけた。「覚えているか、俺(おれ)だよ」。高校の同級生だった。彼のはからいでオマールさんは解放された。しかし、他の男性たちは翌日、射殺体となって路上で発見された。その後、怒りと悲しみがオマールさんの心を支配し続けた。それでも「同じイラク人。信じたい」と彼は言う。

 「治安は劇的に改善した」。米軍はそう発表した。今夏までに米軍戦闘部隊が都市部から撤収する予定だ。

 毎日のように自爆や爆弾事件で黒煙が立ちこめていた大通りに行くと、子どもたちがサッカーをしていた。だが、地区には土のうを積み上げた検問所がいくつも置かれ、治安部隊の兵士が銃を構えていた。

 人びとの心は暴力によって引き裂かれた。回復しつつあるバグダッドの治安は、まだ力によって保たれているのが現状だ。<写真・文、玉本英子>

コメント:玉本さんは過去9回イラク取材をされているとの事です。更にイラクの治安が安定するといいですね。
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